ビーカー依頼の礼儀。

皆さんは繊維業界の僕らが口にする『ビーカー』という言葉を知っているだろうか。この『ビーカー』はまさに、理科の実験で使うアレのことだ。染め屋さんとやりとりを始める入り口に、この『ビーカー依頼』ってのがある。

染め屋さんと色のやりとりをする上での注意点の記事は過去に何度か上げている。


糸に、または生地や服に色をつけていくには、ワタの時か、スライバーの時か、糸の時か、生地の時か、服になってからか、どこかしらのタイミングで『染め』なければいけない。そして思い通りの色になるかどうかは、依頼色を預かってから色チップをCCMで色相を読み取って、その割合で染料調合して、実際に染めてみてその色になるかどうかという作業を繰り返す。

この作業を、実際の染色機でサンプル本体や量産物本体に一発でやってみて、「色が思い通りにいきませんでしたサーセン、もういっちょ染め前のモノ送ってください」で、許される世界ではない。当たり前だ。そうならないように、比率縮小した色確認用の染色試験機で、対象物の少量のワタや糸、生機ハギレや製品になる前の生地ハギレで、依頼色に染色データを合わせていく作業が『ビーカー』と言われている。その試験用染色機の見た目がビーカーそのものなのだ。

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↑これは、対象物を染めるビーカー本体そのものではないが、装置の一部である。ビーカーとはどんなものかというのは大体ご理解いただけたと思う。

要約すると、実物を染めてしまう前に、色がちゃんと合わせられるか?という作業を小さい生地などでやることをビーカーって言う。


このビーカーという作業は、CCM(コンピュータカラーマッチングシステム)で依頼色を読み取れば、ある程度の色相データを読み取って線量調合データになるのだが、そのまま染めても一発で対象色になるかというとそうでもない。コットンでも原料によって吸収差があるし、レーヨンもテンセルとモダールでは吸収が違う。ポリエステルも高温高圧やカチオン化など様々だ。依頼者がどういう繊維性質か理解して指示しないと、繊維原料名だけでは一旦繊維判定染料を使って適性せんsゴホっゴホゴホ・・・


で、大筋で見えてきたら少しずつ色相を足したり引いたりして対象色に合うまでビーカー作業を繰り返す。最近のビーカー機は一回に20個くらい染められるから、大筋を見る段階である程度色相をバラしてアタリをつけ、作業効率を上げられるようにはなったが、それでも作業量は多い。

染め屋さんは依頼通り染めるだけと思われがちだが、その依頼通り染めるというのが結構大変なのだ。


一方、染色を依頼するメーカー側は、依頼色がドンズバで上がってきたら文句なさそうな感じがするが、そうでもない。対象物の演色性など、依頼した色チップの艶感とかで見え方が違うと「イメージと違うから再ビーカーしてください」って割とライトに言う。

依頼者のイメージとは、依頼した際の色チップイメージに近いモノが上がってくることなので、レーヨン生地で良い色味があってそれをチップとして渡しても、染める対象物が綿生地だったら、同じ色相データで染め上がっていても、色が違うと感じる。色は、本当は同じなのに違って見えるから「再ビーカーお願いします」ってライトに言う。昔はこの不毛なやりとりにめちゃくちゃ憤りを感じていた。時には噛み付いた。「いや、同じですよ」って。そうすると「いや黄味を20%足してください」とか「赤味を30%引いてください」とか、それっぽいこと言ってくる。言われた通りに指示してビーカー再提出しても、大体ズレる。正確に赤味や黄味を複雑な色の中で抽出して足し引きの指示ができるほどの色相感があるなら、そもそも演色性を理解していないはずがない。要は「思ってたんと違う」だけなのだ。


ただ、吠えて噛み付いたところで、相手がOKくれなければ染めの進行ができないのであれば、納期もあるし、不毛な戦いをしても時間の無駄なので、ある時から対象色に対して3パターン作ってビーカーを提出するようにした。これは商社の人たちと商売してた時に教えてもらった方法だ。彼ら(商社の人たち)は僕に対して「お前の言い分はわかったよ。どうせあいつらそんなこと言ったってわかんねーんだから、最初から選択肢作っておいたら、そこから選ぶから」と言ってきて、それもそうだなってなったのが始まりだ。


この最初から選択肢を作るというのは、染め屋さんにしてみれば面倒な作業だ。「欲しい色があるから色チップを送ってくるのに、その色のパターンを増やすなんて一体何がしたいんだ?まして、パターンを増やすということは作業がその分増えるではないか。作業は増えるのにボツになる可能性がある色味を作らなければいけないなんてマジ非効率ぱねー。」と最初は非難轟々であった。が、依頼者の色に対する無知や、無知が故に再ビーカーになった時の時間的ロス、改めてかかる運賃など、丁寧に説明差し上げてようやく、染め屋さん各社にご納得いただいて今に至るのだ。

だから依頼する時も、染め屋さんがやりやすいようにビーカー依頼書を作り直している。例えば染色対象物とチップの演色性の相性が悪そうだったら、対象物と同じ組成でチップと同じ色の見え方をしているモノに差し替えたりなど。


染め屋さんは昔から『指図書をくれ』と言う。指図とは、そんな偉そうに言える身分ではないので、僕は依頼書と書いた注文書を渡している。無意味に見えそうだが、こういう細かい点も気遣うようにしている。あと、工業が今後前に出て色のイロハを知らない人たちと商売する時に、指図が悪いからうまいこと仕事が回らないという他責の念を持たないように、彼ら自身が考えて提案していくくらいの余白の意味も込めて依頼という言葉を使うようにしている。相手がどう思ってくれているかはわからないけど、僕の気持ちの問題だ。


染め屋さんもビーカーは染色オーダーをもらうための入り口だからサービスにしてくれているところは多いけど、染めない色を出した場合は有料としてきているところも出てきてる。それくらいコストがかかっている部門なのだ。工数は多いのにお金に結びつかない作業をサービスとして要求してくるのはこの繊維業界の悪しき風習ではあるが、今更有料にできない領域が多過ぎて、私たちの価値とは?と見失いそうになる時もある。生地スワッチとかね。

だから少なくとも自分だけは、関わってくれている工場の人たちに、少しでも意味があると思ってもらえるような血の通った依頼の仕方をしているつもりなのだ。自分が気後れしないためだけなのかもしれないけど、そういう気持ちって伝わるもんだよね。っていうポエム。

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