生地蘊蓄の濃度と信頼性。

人が服を買う時に素材の蘊蓄にどれくらい興味を持っているかは、僕くらいテキスタイルジャンキーになるとなかなか分からない視点だったりするので、時折初心に立ち返り、洋服屋さんへ行っては店員さんの接客を受けてみたりするのだが、(その情報で良いのか?)と不安になることはしばしばある。


例えば絵のように、「パッカブルという素材」とは、もはや言葉としておかしい。パッカブル素材はPACK ABLE素材なので、素材が服をパッカブルにするのであって、パッカブルという素材ではない。そんな経験をした数年前の梅田ブリーゼブリーゼ。何も言わずに退却した。


さて、このようなことが何故起こるのかを真剣に考えてみると、おそらくだけれども、店頭に伝わる情報がそもそもブレてる可能性があると仮説を立てることができる。


我々生地メーカーは、アパレルメーカーに生地を提案、及び納品後に、『素材の蘊蓄』を求められることが多い。最近では問屋さんの生地台紙に既に蘊蓄が明記されていることもある。

これは、「そういう感じになってますよ」っていう比喩とも言えんような、微妙な表現なのだろうが、マジレスすると、間違っている。

そして昨日twitterで見かけて、たまらずレスをしてしまったけれど、こういうのも誤解を招きやすい。

これに関しては当事者ではないので真偽は分からないけれど、綿で『熟成』という言葉を適用するときに、この手の手順を追っているので、僕の仮説で説明してみた。詳しくはさっきのリンクのリプを追ってみて欲しい。


僕ら素材からやってる連中には、「そもそも通常は〇〇的なやり方で作ってんだけど・・・」っていう前提があってからの、「これに関しては〇〇ではなくて△△でやってるから、違う風合いがあって付加価値うんぬんかんぬん」で一連の蘊蓄を情報提供している場合が多い。たぶん、少なくとも僕は。

『違い』を説明するには、普段の前提を理解してもらった上で、該当素材に関しての手のかかり方を示していくのだが、普段の前提があまりにも情報量が多くなりがちなので、普段と違っている部分だけを切り取って説明することがある。または簡略化して説明する時に、拾い上げるポイントがズレてしまうと、冒頭のように、パッカブルという素材が存在することになってしまうのである。

また、製造畑は、どうしても前提が基本だから、それを省いて物事を伝えがちなんだけど、それだとやっぱり情報としては弱くなりやすくて、刺さりにくい。だから元々どうなっていたか?という部分を伝えていくことも疎かにしてはいけないなと自戒するのである。


原料メーカーや生地屋さんは、普段と製法が違うとか原料のレベルがどうのこうのっていう切り口より、実際にそのテキスタイルが服になった時、着る人にどういうメリットがあるのか?という部分を考えて提案して、そのメリットの証拠として、製法や原料が違うっていうことを端的に説明できるようになると、より一層生地の販売が楽しくなるのではないかと思ったフライデーナイト。

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