丸編み生地製造という職業にたどり着くまで-6-

人間というのは自己保存しようとする生き物である。by森岡毅さん

技術的知識を蓄えながら川下のニーズをなんとか100%に近いカタチで商品化するために日々奔走していても、止むを得ず大きなトラブルに見舞われ、金銭的ペナルティを受けなければならない事がある。

全ては善意の上に成り立っている信用を土台に、誰もが良いものを作ろうと製造に取り掛かっているものだと信じて疑わなかった。
しかし、少なからず悪意が存在する場面がある。それが金銭的ペナルティを含むクレーム処理の段階で明らかになる。
皆が皆、信用できるというわけではないのだ。

某大手百貨店系ブランドのメンズを担当しだして、当時は瞬間的にかなりの仕事量を受けていた。縫製製造は専門商社で、その専門商社の生地背景の一つとして取り組みだし一時は同ブランドの日本製カットソー商品はほとんどと言っていいほど僕がお手伝いさせてもらっていた。
専門商社の担当との関係も密になり、阿吽の呼吸で仕事ができるようになって来た。
製造ラインもニッターさんと染工場をある程度固定して商品提供もストレスなく出来るようになった。

ある季中の企画商材で同ブランドの社長命令的な仕事が入ってタイトなスケジュールなので至急打合せさせて欲しいと商社の担当から連絡がきて慌てて打合せた。
ポロシャツの企画で、生地は綿とポリエステル交編(コウヘン、違う糸どうしを編んで柄を出したりボーダーにしたりできる)の格子柄ジャカードで決まった。
生機(きばた、染める前の編み上げただけの状態の生地)を速攻で編んでもらい、染工場に投入し驚異的なリードタイム(発注から2週間半くらい)で生地を仕上げ三重の縫製工場へ送った。完璧な仕事だと思った。
しかし、無理な生産時間が祟り大きなトラブルとなってしまう。

綿とポリエステル異素材を染める時はそれぞれ属性が違う染料を使用するため、染色工程を二回踏むことになる。
一般的にはポリエステルを先に染め、余剰の染料を洗浄作業した後、綿を染色する。
この余剰染料が洗浄しきれなかった時、綿サイドに残留染料として汚染して染めムラが起こる。中稀という事故である。
↑中稀は生地の中で色ムラがあり、裁断物を組み合わせた時に袖と見頃で色が違うという事故。

ムラの範囲が広くなだらかで生地の検査ではムラになっていることに気付かず、裁断の際も気付かず、縫製し終わって検品の時に発覚した。
納期もタイトで作り直している時間はなく、結局全てキャンセルという最悪の事態になってしまった。

要因としては生地なので責めを負うのは僕。
直接的な原因は染色なので、染工場の営業担当に事の顛末を伝え商品下代で全量買取になってしまった結果に対して金銭的にどう対処するか話し合った。
しかし染工場は裁断してしまった縫製工場も悪いのでは?と、切替してきてクレームの金額としてはこの生地に掛かった加工賃のみとの主張をしてきた。一理あるが、原因は染色なので僕も譲らなかった。
結果、折半してもらい今後の商売でキチンとクレーム分はお仕事でお返しすると約束した。

事の闇、問題は商社の担当だった。
その後も同ブランド商品向けの生地発注は止まらなかった。
事故の後なのになんと心の広い人達だと感心していた矢先、自社の経理から連絡があり、納品分3ヶ月分ずっと未入金だと知らされた。
慌てて請求書のファックスを手に商社へ向かった。
担当を捕まえて説明を請うも歯切れの悪い返答で埒があかず、その上司の課長へ直訴した。
するとなんと、発注はほとんど架空で、担当自身実は同ブランドからの本当の受注は少なく、営業成績を社内的に詐称していたのだ。
実際物を作って納めているこちらには全く関係のない話なのでキッチリお支払いして頂いたが、その課長から呆れた一言は「山本君、この作っちゃった生地さぁ、どっかへ売ってきてよ、頼むね」だ。

若く無知な僕は、これは政治圧力だと思い、抗えば商社との取引自体に影響が出てしまう事をおそれ、本当にそれらの生地をなんとか他社へ売り切ることに成功するが、今思えばそんなことをする必要は全くなかった。
僕自身、自己保存のために余計なことをしていたのだった。


つづく

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