ニワトリタマゴ。
あるところにしか生まれないものがある。ないところからは何も始まらないのである。
知られてないのは、存在しないのと同義だと、僕も思う。
でも知られ方は、その在り方、および周囲の印象を決める結構大事なポイントだったりもするので、一度付いてしまったイメージはかなり根強い。
つまり、表に出る際は身なりを気にした方がいい。そしてその身なりは内面の映し鏡でもあるので、現状を打破するために打って出た策が、図らずも現状を大きく変えられない結果に終わることも往々にしてありがちだったりする。
先日書いたnoteは、SADOBASEの人員増強のための案内文であったが、一方で我々の在り方を再確認するために必要なものでもあった。未読の方はこちらですどうぞ↓
尚、一週間経ったが未だ応募なし。僕がちぬ。待っとるで。
求人以外の内容ものすごく雑に、そして誤解を恐れずにまとめると、日本製の矜持を声高に叫ぶと同時にその存在価値を高めんとする昨今のムーブメントは、大事なんだけど少し、一部繊維仲間たちにとってはやや冷笑の的になってしまっている現実を、一旦冷静に考えてみようではないか。
さて、繊維仲間なのになぜこうも食い違うのか。
虐げられていると感じていた時代が僕にもあった。だから悲観的な意見から立ちあがろうとする気持ちは、わからんでもない。
このブログも8年くらい書いてるので、その差分が、歴の長い読者にはご理解いただけると信じているが、上記貼り付けのnoteしかり、前職時代および現職も含めて、この20年余り、日本製が枯渇してしまう焦りを伴うような仕事の減り方は、幸運にも経験していない。正直なところ。
そしてその20年余りの繊維戦士生活の中で、これは消えるだろ、と思った業者に関しては、残念ながら、非常に口惜しくも、想定通り消えていった。明日は我が身と肝に銘じながら、その死屍累々が明け渡してくれた椅子をかき集めて今日に至る。
一方で我々のような業者が他社の廃業を加速させていると言われることもある。やかましい。
消えた方々には申し訳ないが、その十字架背負ってるし。消え方も理由があるだろう。
で、対極にある海外製品が、我々国産背景を脅かしているとのご意見に関しては、顧客がその選択をしている結果論であり、市場の答えでもある。
僕らとて、その競合と日々戦い、競合と並べられて歯を食いしばる時もある。良い人すぎてマイナスを転嫁できなかったという人情はわかる。が、顧客はかわいそうを理由に存在を守り対価を払う対象を選んでいない。きつい書き方だけど。
選ばれる日本製はとても良いスローガンだと思う。異論はない。
ただ、選ぶ側が選ぶ理由として事足りると思える発信より、知ってもらうための比重が大きくなった結果、商いとして適正な交渉さえも悪と捉えられかねない空気を作り出している可能性を否定できない。
戦場をtoBからtoCに完全に振り替えたならこのまま突き進んで良いと思う。それはもう業態が違うから議論する対象にならない。
ただ、比率を出して叫ぶならば、toBが大きくなることも大きな意味を持つ。
先述のnote内でも書いた通り、僕のいう「生きろ」が、彼らのいう「未来へ残す」と重なるのであれば、toB案件がニワトリであり、それがあればこそ自ら切り開く新市場(toC)が輝くのではないか。
0コメント