『スキ』を封印した話。

僕はファッションが好きだ。でも僕よりファッションを好きな人は五万といる。彼らと僕を比べることに意味はない。僕は僕で自分の好きな服装を楽しんでいる。
生地を作るのも好きだ。自分の思う至高を極めて作り上げたテキスタイルがどんなに素晴らしいか、しかもそれがみんなに認めてもらえたら、なんてステキな世界だろう。でも、他人の至高と嗜好は僕のソレとは違う。これをこの業界に入ったばかりのころは履き違えてた。

僕の『スキ』は、他人の『スキ』とは違う。当たり前だけど、この商売に関わってからはこの観点が欠落すると、商売として成立しなくなる。
「ワシらの技術でエエもん作れる」は、わかる。でもそれが人々に求められてるかどうかはまた別の話なんだ。突き詰めることに対して否定はしない。むしろどんどん突き詰めて僕に教えてほしい。「コレをこうしたらこんなんができたんや!」良いじゃん、どんどんやってくれ、そして僕に教えてほしい。僕は職人のそういう少年のような喜びが好きだ。でも、それがさ、みんなに望まれてるモノかどうかは、また別の話なんだ。

工業は時々、世間を悪者にする。僕はそれがとても恥ずかしい。だって貴方達の正義は、必ずしも世界の正義ではないから。それをわかった上で貫く正義は人に押し付けてはいけない。技術が好きならそれで良い。でもそれにどれだけ手間が掛かっても、世の中の価値観に沿わなければ、その価値は意味をなさない。それを理解してほしいんだ。

音楽やってて、ベース弾いてて面白いのは、楽曲を司る面白さ、何より、その曲を聴いてくれる人たちに楽しんでもらえるように、リズムとメロディを繋ぐんだ。そこに自分のテクニックに酔ったエゴイズムは必要ない。全ては楽曲のため、聴いてくれる人たちのため、エンターテイメントを完成させるためなんだ。

僕ら工業はさ、ファッションの表現を『作る』ことで支えてる。だからどんなに自分が「コレが素晴らしい」と思っても、誰かにとって意味のないものはどんなに好きでも評価はされないんだ。だから、『商売』と『自分の嗜好』は分けて考えなきゃいけない。
それを混同するから、世間を悪者にしないと自分の中で折り合いがつかなくなるんだよ。

自分の『スキ』は大切に育てていこう。でも人に押し付けるもんじゃない。
良い物と、好きな物は、必ずしも同じじゃないんだよ。

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