工場の気持ち。


工業がアパレルメーカーやデザイナーさんに意識が寄り添ってくれるように工場側の人たちと色々お話をさせてもらうと、工場さん側も自分たちの気持ちや本音を語ってくれる。

技術を磨けば、いい商品を作れば、オーダーが集まってくると信じて止まない彼らは、なぜそのような状態になってしまったのだろうか。


その昔、僕が営業に出だしの頃初めてのお客さんになってくれた人は僕と同じ工場上がりで独立した生地問屋さんだった。彼は僕を事あるごとに呑みに連れて行ってくれ、昔話を色々と教えてくれた。

曰く、昔(日本で生産するのが当たり前で、服が売れまくってた時代)は商談席に座ると3000反の発注書がもらえたのだそうだ。工場背景を持っているだけで、仕事は溢れるほどあった。それこそ自社工場の外注の下請けの外注とかまでが満遍なく潤うほどの物量が与えられていたそうだ。

僕が営業に出たころは10反のオーダーを取ることさえ必死だった。まるで時代背景が違う。別世界みたいな話だ。というか、別世界だ。

だからその生地がどんな商品になって、どんな人たちが着ているかなど、工場の人たちに知らされる暇もなかった。営業出てた人達は流石に知ってたと思うけど、まぁそれが何だろうが、とにかく売れていた時代だったらしい。

だからモノづくりに集中し、全体を見渡すこともなく、ひたすら生産することで活路が見出されていた。

そうやって工業は発展し、ピークを迎え、下降する。

そして当時の成功体験から抜け出せきれない人達が、キャッシュの底を感じ焦り出して色々と動き出している。


だが人はそんなに簡単に変わらない。

工場の人たちは工業ラインが流れるような商売がしたいのだ。しかし時代は変わった。だから若い人達の声を聞こうと努力はしているのである。

たが、人はそんなに簡単に、変わらない…

若くて元気のある若者たちが創り出すクリエイティブに溢れたブランドと仕事はしたいのだが、モノづくり一辺倒だった彼らには、ファッションに疎く、ファッションに熱量を持っている若者と交わす共通言語が足りない。

でも工場の人は言っていた「夢のある人たちと面白い仕事をしたい!」と。

これは本心だ。
しかし少量生産には手が慣れるまでに技術が安定しないうちに終わってしまう。クオリティ的にはそんなに高いものではない。
彼らは思うのだ「少ないと事前段取りも含めて手間がかかるから工賃としては高くなるのに、手が安定する前に終わってしまうから、高いのに下手って思われたくない」と、だから仕事を断っている工場も多い。


これは甘えかもしれないが、もしブランドさん側に余裕があれば、ある程度の心の許容は持ってあげてほしい。全く違うものを作ってきたらそれはダメだけど、少量生産にはクオリティが安定する前に生産が終わってしまうリスクがいつもつきまとう。

だから厳しく上から抑えつけるような態度で臨むと、工場としても工業都合の言い分があるので、人間関係は平行線である。


お互いに事前リスクを認識した上で余裕を持って任せる。それでほとんど解決する。

工場はわざわざ悪い物を作ろうとする人はいないのだ。

技術的にわからない事を「わからないから教えて!」って言って聞いたり、担当の世代の人の好きそうな話題で話を盛り上げたり、結局彼らも若者とコミュニケーションを取りたいので、そういう仕事以外の歩み寄りを見せることも生産を円滑に進める一つの要素だったりする。


そして何より、若者が語る将来のビジョンを聞くのが楽しみなのだ。

たまには現場に行って、一緒にお茶でものみながら夢を語り、具体的に将来が見える話しと、やりきる熱量を、真っ正面からぶつけることで、工場の人たちは「この子たちを応援したい!」と思ってくれる。

冷めた態度で様式じみたやりとりだけでは動いてくれない、めんどくさい人たちだが、仲間になると、こんなに心強い人たちもいないもんだ。


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