丸編み生地製造という職業にたどり着くまで-8-

大口の発注を取るために「お客さんの喜び」という視点がブレかけていた20代中盤。
会社の売上と工場の稼働率、それにお客さんの要望に応える事が正義だと信じてたけど、メンタル的に追い込まれながらフィジカルを酷使することが続いて、自分は何のためにこの仕事をしているのか?という疑問が日に日に強くなっていった。

お客さんが喜んでるのは、タイトな納期を押し込んできても無理を聞いて動いて、単価も他社との指値に対して少しでも安く、少しでも問題があれば全部コストをかぶってくれる、そんな仕入先だった。
お客さんは、エンドユーザーではなく、間にいる人たちだった。
商談につけば、「〇〇というブランドは〇〇という商社から△△の素材を800円で仕入れてるから750円でしかもリードタイム2週でリロードできる仕組み作ったらガッツリ取れる」とか、そんな話ばかりだった。

まぁ、サラリーマンだし、社会の歯車になってるならそれでいいやって割り切ればそんなに苦労もないのだろうが、イケてない商社の営業とイケてない生地を作ることは苦痛だった。

かたや、新規開拓を並行で進めていて、ストリートブランドと数軒取引できるようになった。
彼らのモットーは、彼らのファンに彼らの世界感を共感してもらえるブランディングだった。
そのために、一切の妥協はなかった。
とあるシーズンの量産納品で、度目がほんの少し甘くなってしまった素材があった。
実数値的には7%のブレで、いわゆる莫大小仕事なら工業的には「押し込め!」の世界である。
丸編みの編み度目は糸の太さと編針の選定から糸長といって、編み機が一回りする中に糸がどのくらいの長さ入るかで度目が決まる。
例えば糸番手30/1なら28ゲージという機械設定が「適当」であれば、編み機一周の中に編みこまれる糸の長さが約700cmが適度目だとして、これより糸の長さが短ければ度詰、長ければ度甘ということになる。
↑これは28ゲージの編み針。
30インチという口径(直径)の編み釜に対して、この0.5ミリほどの針が2556本も植えられていて、糸が一周の間に7%長く入ってしまうことは、誤解を恐れずに言えば「莫大小の世界なら許容」である。

しかしながら、「手持ち感がサンプルと違うし、少し透け感がある」という指摘を主張し続けるそのブランドさんの熱意は、紛れもなく小売目線まで行き届いたお客さんの為の考え方だった。
言葉の表面だけとらえると、「うるさい客」なだけだが、「僕らの服を買ってくれる人たちはこれじゃ納得してくれない」という姿勢がキチンとあらわれていた。
これこそ、忘れかけていた某デザイナー氏に昔教えられたことではないか!
当たり前のことなのに、当たり前にできなくなってたのは、売上を伸ばすことだけしか考えていなかったからいつのまにか心が曇ってたのか。

後にそのストリートブランドの担当者から言われたのは「こういう事は慣れてます。だから僕たちはリードタイムを長くとるし、提示された単価に対して基本的には値切るようなことはしません。お互いにそれで納得いく物が作れるなら今かけているコストは大した問題ではないです。それなのに生地屋さん達は自分達の落ち度を認めるという事がほとんどない。それでは僕たちも自分たちのお客さんに対して後ろめたさを感じながら商品を店に並べなくてはいけない。作り直してくれてありがとう。」

泣いた。

男泣きした。
こっちが悪いのにありがとうだなんて。

7%甘い生地の在庫分、会社は損をした。
専務からはやっぱり死ぬほど(愛のある?)怒鳴られた。
だけど、間違ったことをしたわけではないので心は清々しかった。

綺麗事だと思われるかもしれないが、こういう人たちとしか仕事をしないと腹の中で決めた。

しかし物量で説得できない部分は否定できず、工業とまた不協和音が生じることになる。


つづく

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