ものづくりと想像力。

ものづくりの現場は、想像力をいつだって試される。

人の感覚というのは人それぞれなので、言葉一つで同じものが共有できるかと言われたら、それは本当に難しいことなのである。


家族のように、普段からコミュニケーションを多くとっている間柄であれば、意思の疎通というのはしやすくなる。当たり前のようだが、これは仕事にもかなり当てはまる。

オンラインで仕事が完結するだろうと叫ばれて久しい昨今の繊維業界において、このイメージの共有ということの難しさを痛感している人は多いのではないか。


柔らかいという言葉は誰でも知っているが、ある人が感じる柔らかいと、かの人が感じる柔らかいは、同じ言葉で同じ風合いとは限らない。これは冒頭でも書いた。

そしてものづくりの現場とは、そういった数字や記号のように誰でも同じ認識でいられる共通のもので置き換えることが難しい感覚値の言葉で実物の成果物を求められる。これも冒頭で書いた。想像力を試されるというところだ。


概ね、生地は今、ゼロイチの別注案件はほとんどない。なくはないけど、ファッションの現場で求められるかというと、ないに等しい。時間も金もかかる割に、思ったんと違うやんということが少なくないからだ。

そして何より、ものづくり系の言葉の積み上げでイメージして実際にテキスタイルにしていく経験がかなりのメーカー様で減っている事実がある。そのため、「実際見ないとワカンナイ」ということになり、実物のないものは選択肢から外される(そもそも現物の実態がないので選択肢に入らない)のである。


だから、有り生地(敬意をこめて)などの在庫されている生地メーカー系の需要は強い。これは生地メーカー様方の並々ならぬ資金力とリサーチ力で用意された、誰でも気軽に、拘ったものづくりができるシステムの一つだ。何より、指定数で買える。生地にミニマムロットってあるんすね!みたいな世界を実現させたスーパーシステムだ。頭も上がらなければ、勝ち目もねぇ。


話は脱線するためにある。


僕はそういった、他所様がご用意して下さっている生地たちをご案内させていただくこともあるが、無いものは無い(トンチ感)ので、「作ればありますよ」ということもしばしばある。

この「作ればある」という時に、相手としっかり関わってこれたかどうかが成果物に影響するということを、今回のブログで書きたい。そう、そういうことを書きたいのだ。


具体的に目に見えるゴールがあって、きちんとチームで共有できている場合、ストライカーが走り込んでいる延長線上にパスを出せたらゴールが決まる確率というのは格段に上がる。

しかし、ものづくりの現場とは想像力を試される。いつだってだ。

なぜならば人の感覚とは同じ言葉でも違う可能性があるからだ(しつこい


お客様が見ているゴールが、言葉やイメージで共有されていたとしても、その感覚までしっかりと伝わっていない場合、パスを出す方向を誤ることなど、ザラにある。

これでは得点につながる確率はなかなか上がらない。またボールが戻ってしまうので、また時間をかけて体制を整えていく必要が出てくる。営業の決定力不足と言われる状態は、これに近い。つまり営業が、お客様のゴールをきちんと見れていない。


これをどうやって解消するかというと、やはりリサーチとコミュニケーションを増やして、相手の解像度を高めていくことに尽きる。そんなことをわざわざ相手に言わずとも、相手のことを知るための行動をとり、サラッとした顔で接触営業をこなすのだ。雑談も交えて嗜好を捉えるのだ。そうこうしているウチに感覚が完全とは言わないが、ある程度シンクロしてくるようになる。

(生地屋のおっちゃんよく来てくれるから頼みやすいし、なんか持ってきてくれるものもハズレが少なくてストレスないから、別注やってみたいと思ったらこの人にお願いしたいな)って思ってもらえたらこっちのもんだ。バッチリとゼロイチのものづくりをブチかまして差し上げたならば、もうぞっこんラヴ。


想像力を働かせるということはつまり、相手の思考(嗜好)を捉え、同じゴールを同じ解像度で見る努力をするということだ。

ズレたら指示が悪いとそういう場面は往々にしてある。仕事上、指示がない部分は聞くしかない。相手に確認を取れば、お互いに認識できる。物理的な指示ならば。

しかし感覚的な部分はどうしても言語化しにくい、というか、言語化したところで同じ感覚かどうかは、何度も言うが、人それぞれなのである。

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