言うは易く行うは難し。



畏多くも、生地を教えさせていただくという部分を預からせていただいていて日々思うのが、『学び』に対する心構え次第ということだ。

前職時代からこの業界でたくさんの後輩たちと向かい合ってきた中で、一番(それもそうだな)と思ったけど、(それじゃなかなか難しいよな)と思った意見として「答えを教えてください」と言うことだった。


見積もりなどはある程度解を求める公式はある。その見積もりの答えを記すことは便利だし早いど、公式が何を意味しているか理解することをすっぽり抜かしてしまう。僕は前職時代に「馬鹿が量産される」とその仕組みを嫌った。


時代は少し進み、テキスタイル業界でもスキルの専門化が進んで、営業はモノを売るのが仕事みたいなはっきりとした線引きが感じられるようになった。だから生地屋さんの生地製造に対する知識レベルと言うのは目に見えて下がった。各社いちいちスタッフに対してものづくりをゼロベースで教え込んでから売りに行かせるという余裕がなくなったのもあるだろう。

でも、売りに行って仕事もらって、作ってみて初めて出会ういろいろなことが学びになっていく点では、この方法は非常に良いと思われる。が、売りに行くものが『完成品』である時、それを作っている要素を深く知らずに売ってしまうことで、後から起こるトラブルなどに対して責任を負えず、仕入先に丸ぶつけという状況も多く目にしてきた。


川上の人間が「そんなのは常識」と思っていることを常識としない人間がプレイヤーとして増えたことは川上の人間にとってマイナスかプラスか、それはまた別の機会に書きたいと思うが、ともあれ、そんな状況になった訳だ。

トラブルが起こる度に、仕入先にリスクヘッジして、「そんなもんも知らんで売ったんか!?」などとお叱りを受けると「いやそんなこと知りませんし、先に言わない方が悪くないですか?」などの押し問答を見るのが日常化してしまった。

これはもうなんと言うかいわゆるどちらにとってもキャズムってやつなのか、超えることができれば、この業界においては、それなりに強い武器になりうる部分でもある。


ところがこの現象は、まとめてフォーマットできるほど安易なことではない。テキスタイルや服作りは常に、自然や人と向かい合うので、要因が常に同じではないからだ。だから冒頭のようにものづくりの教えを問われた時「答えを教えてください」と言われるのは、どうしても「では問題はなんですか?」と返すところからしか始められない。

トラブルが多発してコミュニケーションがうまくいかないから『学び』を始める人も多いと思う。だから事例を元にした教え方はよく響いている感覚はある。だけど、それが常にケースバイケースと言う前提がないと、事がそれた時に全く対応できないと言う場面もよくみられた。


これらを回避したいと思った時どうするか。

これに対してはまず『仮説』から始めるというのをお勧めする。


「この生地をあのお客さんに提案したい」と思った時、そのお客さんの市場である人たちが問題視する可能性のあることを洗い出す。そしてそのリスクがなぜ起こるのかという要因も同時に洗い出す。そうすると、だいたいの心得はできる。あとは事が起こる前に事前説明で回避できる部分をしっかり説明した後、それでも起こった後に、どう対処するかのスピード感も違ってくるだろう。

その前に「これをあの・・・」というターゲットさえない状態では仮説も立てられない。事を起こしてもいないのであれば、わからないことがわからない状態である。それ自体は問題ではないが、やってみないとわからないこともわからないので、まずはやってみてから課題を見つけられた方が、吸収度合いも違ってくることと思われる。


それらしく書いたが、実はめっちゃ当たり前のことだったりする。

無意識にやっている場合もある。だから無意識にできている人に関しては、問題が起こってもそれほどストレスなく解消できているはずだ。お客様からの信頼も、その辺で変わってくるから、しっかりと顧客様と商売できているのではないだろうか。


この『仮説』の中で起こりうる『問題』を解決するためなら、質問も的をえてくると言うものだ。何もないところに学ぶことはない。つまり事を起こさなければ事例も生まれないので、頭でっかちにならずに、ゴール決めてそれに向けて動いてみたらどうだろうかなどと無責任にも言ってみるのである。

やりながら学ぶというのが一番身に付くという話をしたかったの、だと思う。

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