人財と人材と人罪。

僕は人から、たびたび「排他的だ」と注意されることがある。

排他的とは一体どういうことなのか、僕をそう注意する人たちと議論を交わすたびに感じる居心地の悪さの正体は、具体的な解決策が無いのに、僕の考え方を否定してくるからだったのだろう。意見として聞くのは全くストレスではないが、代替え案のない否定というのは果たしてなんのためにその発言を口にしているのか?まぁいい。


違う内容で以前も書いたが、僕は仕事などにおいて「できない」と言う人の気持ちがわからない。

仕事に関して「できない」と言う人は、できないのではなく、「やってない」だけだと思ってた。いや、思ってる。だがしかし、「できない」ことを「やれ」というのもうまくない。だから、「できる」ようになってもらわなければいけない。これは当然のことだ。


初めから全てがうまくできる人なんていないのはわかっている。山本五十六氏の言葉にもある。


やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ。

話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。

やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず。


人を育てるというのは、とても時間のかかることだ。求人で経験者を優遇するのは、多大なる時間的コストを削減するのが目的である。つまりビジョンが共有できたら、自発的に仕事を作ってこなし、会社の成長に即寄与できるような、そんな人は、中途採用として理想的すぎるが、理想だ。


僕は会社を大きくすると誓った。それは最短距離で最大値を目指したいという意味も含まれている。だから一人あたりの生産性期待値はデカい。が、会社を大きくしていこうという思想の元に集う人たちの中には当然「できない」と言う人もいる。そういう人への向かい合い方を今週は学んだ。


彼は「ゼロベースで教えて欲しい」と言う。

社会人一年目ではない、それなりの業界経験者であるが、この発言は非常に学びが多かった。


僕は「できない」と言う人の気持ちがわからない。

「やったことがない」はすごいチャンスで、「やってみる」ことができる。

大きな判断や責任を必要とする場面で、その責務を逃れようとする人たちの意味がわからなかった。そんなチャンスっておいしいじゃん。

だから昨日、前職の後輩に言われた一言はショックだった。


「山本さんは責任とかを感じる前に色々やりすぎて、麻痺してるんですよ」


なるほど、僕は既にジャンキーらしい。だから「できない」人の気持ちがわからないのだと。

そして業界経験者スタッフのゼロベース嘆願。なるほど、基準を自分の合わせてはいけないんだ。組織を大きくしていく上で、脱落者をなるべく出さないようにしていかなければいけない。それがOJTってやつか、なんだ。そうなのか。


モヤモヤするけど、すごく勉強になった。

人として見下しているわけではない。業務上、金額とパフォーマンスの差を意識しない経営者がいるだろうか。この溝は、埋まるのだろうか。


納得はできないけれど、理解はした。解決策も示した。

あとは本人次第ではないかと、やはり思ってしまうのは、求めすぎなのだろうか。

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