聞上手は愛され上手。

あれは忘れもしない、27歳になる誕生日の日だった。

僕は4月生まれなので、誕生日のその日は前職場の新入社員を歓迎する会が渋谷の北海道というチェーン店で催されていた。予約時刻は19時。


18:30頃、社内は定時を過ぎ、新人歓迎会へ向けて一気にリラックスモードに入った。僕も完全に仕事から頭が離れて北海道のビールの銘柄について思いを巡らせていた。ところが、携帯電話に得意先から入電。


「とりあえず、すぐ来い」


幹事に遅れるから先に始めておいて欲しい旨伝え、客先へダッシュした。前職場からその客先までは当時走って10分の距離だ。

息を切らしながら「毎度!」と声をかけるも、場違いな空気が漂ったオフィスに、クレームの気配を察知し息を整えて担当者の元へ歩み寄りそっと声をかける。「まいど、山本です」

担当者はちらと僕を一瞥すると、ため息を吐き出し、顎で僕をパテーションで仕切られた商談室へ向かうように促す。


テーブルに並べられた白い生地二枚、それを挟んで座るお客さんと僕。時刻は18:45。

「(すぅーー)っはぁー」と大きく息を吸い込んで塊のようなため息を吐き出した後、「最悪だよ」と一言。僕は並べられた白い生地を見比べて事の内容を理解した。


下晒の白度がロット間でほんの少しブレているのだ。

(下晒とは、染色前に生地を脱色した状態で、処理時間や原料のロットによって白度にブレがおこる可能性がある)

基本的にロット間で多少の色ブレは許容されるケースは多いが、今回はどうやら、虫の居所が悪いらしい。かたく腕組みをして眉間にシワを深く携えたまま、ため息と「最悪だよ・・・」を繰り返している。

僕はできる限りの物理的なフォローを提案した、一から商品を作り直すことも、それによって納期がズレた場合に起こりうる金銭的問題も飲む覚悟だ。しかし、彼は一向に態度を崩さず、ため息と「最悪だよ・・・」を繰り返している。


僕も万策尽き、黙ってそのため息と「最悪だよ・・・」のループを聞き続けていた。最初は心中で(フォローはするって言ってるのに、なんでこんな時間を無駄にするようなことを続けなければいけないんだ)と思って憤っていた。僕も少し、そんなお客さんにムカついてきた。だが、その怒りを向けたところで、事態は悪化するに違いない。僕は耐えた。ため息と「最悪だよ・・・」のループのシャワーを。

しばらくすると、なぜか僕の怒りは消えて、その「最悪」というフレーズが吐かれていない間も脳内で「最悪」がループしだし、ついには(自分は最悪な人間なんだ)と思い込んでしまい、目から水が出た。驚くほど静かに、涙が溢れ出たのだ。

その姿を見もせず、彼はため息と「最悪だよ・・・」を2時間繰り返した。僕にとっては永遠に近い時間だ。その途中で涙も枯れた。


どうやって場が収束したか、具体的には覚えていない。

とりあえず、フォローの必要はなく、商品自体はそのまま納品され、入金も満額された。


そんな彼とは、もうずっと良い関係を続けている。

会えば彼は自分のお客さんのこと、最近の仕入先のこと、商売のこと、プライベートのこと、嬉々として僕に話してくれる。そして、時々注文をくれる。


きっとあの時、生地の色が少しブレていたのを責めたいのではなく、色々なトラブルが重なって、吐き出したい心情を、誰にぶつけていいかわからない内に、適時僕の納めた物が起爆剤になって、僕が結構な年下で、言いやすかったってのもあるんだろう。

特に問題になる要素を具体的に挙げることなく、ただため息と「最悪だよ・・・」という気分を、誰かと共有したい、それだけだったんじゃないかって思う。そして、反論せずに時間を共にした僕と、最悪の気分を共有できたことで、彼の中で少し、最悪が底を打って上向きになりかけたから、あの晩、僕を解放してくれたんだろう。


どうでも良いけど、その時歓迎会をした新人は三年で辞めた。

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