光と影。

表裏一体、光と影、物事には陰陽があり、必ずしも全てが美しいことばかりではない。

僕が繊維業界に入るとき、生まれた家が縫製業やってたってものあって、キラキラした憧れみたいなのは最初からなかった。

だって親が縫ってるしね、お店で売ってる服を。

その背中をみて、華やかな世界だなんて子供心に思ったことなんて一瞬もなかった。その代わりに製造業に対する悲観もなかった。縫ってるおばちゃんたちはみんな楽しそうだった。10時と15時には休憩室でお茶しながら野菜や魚とか化粧品とか売りに来る人たち相手にわいわいやってた。子供ながらにその空間は好きだった。たぶん繊維製造工業が好きなのはこういう背景があるからだろう。

元々影の部分を見てたからか、影を影とも思ってなかった。


小学校高学年から中学で思春期になって色気付いて、オシャレに気を使うようになっても、服買うっつっても佐渡で一番イケてる店だと思ってたのは『ワークマン』と『アメリカ屋』だし、『アメリカ屋』でGAPって書いてあるパーカが高くて買えないから『しまむら』みたいな『たろべ』っていう超安い服屋でオーシャンパシフィックって書いてあるTシャツとかアディダスっぽい三本ラインが入ったジャージ買ってた。いや、親に買ってもらってた。この時はまだ、ファッションの光と影なんて知る由もない。


高校生になって雑誌を読むようになって、ファッション業界が華やかなイメージのある舞台だということを知るようになった。コレクションってのがあって、デザイナーってのがいて、光が当たる人たちや世界があることを知った。そういう世界を初めてカッコいいって思った。


高校三年の夏休みに洋裁学校の体験入学をして、そのままその学校に入学。洋裁を勉強して二年次終了前に教員にならないか打診を受け、三年次の学費が出せないのと、二年在学中すでに前職の丸編み工場にアルバイトとして勤務していたので、そのまま前職に就職。流れでこの業界に入ってきた。

カッコいいと憧れを持ったアパレルメーカーへ行かなかったのは、というか、行けなかったのは、当時バリバリのバンドマンだったから、プロになると思ってたから、二足の草鞋は履けないと思ったからだ。工場ならいけると思ってた辺りは、若さもあってか、完全に舐めてたと思う。本当失礼なクソガキだ。


そして工業へ入り数年、様々なお客さんのおかげで、光の舞台を共に作り上げる喜びを知る。

光があれば影がある。光が当たる舞台を支えているのは埃や機械油にまみれた影の部分だ。絵をかけても、作る人がいなければ物はできない。


前職時代に、光の部分に憧れて入ってきてくれる人たちに入社面接で必ず聞いてたことがある。「やめといたほうがいいよ、好きなだけじゃ続かない。思ってる以上に泥臭くてつまらなくてしんどいから、それでもやる?」って。我ながら性格悪い。びっくりする。本当に嫌な先輩だったと思う。でも、内定が欲しいからだろう、大体の人が「大丈夫です!」って言う。でも大体の人が三年もたない。確かに人間的なストレスもあっただろうし、単純に服作りに直結してる感覚が得難い仕事だ。モチベーションの維持は難しい。

でも僕らは確実に光を支えているし、影だからといって悲観することなんて何もない。自分が関わった商品を着ている人を街で見かけた時に胸に満ちていく感動は言い表せない。胸張って言えるよ、僕は繊維製造工業が大好きだ。腹黒い奴らは多いし、頭カタイし、腰は重いし、でも、僕をここまで育ててくれた。


そして何より、みんなが大好きなカッコいいファッションを支えてる。


その理由があれば充分でしょ。

ulcloworks

ultimate/究極の clothing/衣服を works/創造する ulcloworks

0コメント

  • 1000 / 1000