椅子取りゲーム。
最近というか、ここ数年は学生時代の不勉強を取り戻すが如く読書をしている。何か特定のジャンルがあるわけでもない。興味のまま本を読むのである。そのため、電車では急行ではなく各駅停車を選び、なるべく座っていきたい。ところがなかなか椅子取りゲームに勝てない。
仮に座れても、トラブルを避けるために女性の隣はさけている。いわれなき疑いを持たれるリスクを最小限に止めるため、両隣がオジの隙間を狙う。オジは大股開きで幅を効かせるため非常に肩身が狭いが、最悪トラブっても一戦交えれば済むが、公共の場で女性に声を上げられたらどんなに潔白でもひとたまりもないというのを脳裏に焼き付けている。先日は目視で両隣がオジだと確信して座り、降りる時見たらおばさんだった。ちゅ、多様性。
さて、話は全く急展開するが、先月末くらいから工場各方面から「仕事ないか?」という連絡が多い。どうやらそういう季節だということはなんとなく肌で感じるのは毎年のことである。
僕らの商いは季節がら山谷が割とくっきりある。その谷(閑散期)を埋めるべく期中案件の獲得に奔走する内、期中を追いかけすぎて結果本来欲しいはずの山を取り逃がす人たちも多い。結果的に均しで見ると、同じくらいの数字で着地していることもあれば、山が高いほど、案外期中は渋かったりすることもあるので、むしろ工場は忙しく動いた気がしていても結果は思ったほど良くない年もあったりする。
どういう状態が一番経営者の精神衛生上良いかは人それぞれなので、何が良くて何が悪いというわけではないが、過去何度も書いた通り、仕事はあるところにはある。
毎回この手の仕事ないか的な相談があったあとは決まって「今年はヤバい」という話になる。なんなら毎年言ってないか?と思いつつ、大きなうねりの中で見れば直近ではコロナ前とコロナ禍、コロナ明け(明けたのか?)で一つの波があったように思う。報道でもある通り、倒産件数も増えてきて、残存者メリット的に局地的には非常に仕事が混み合っている。
一方で円安ドル高止まりの一助もあって海外生産も大いに復活しているようだ。そうなると、国内生産で案件を確保するために日頃どういう動きをとっていたかが結果に如実に現れてくる。
国内工業は技術で勝つというイメージが強いが、それももちろん大事だけれど、やはりそれだけだと波の中で勝てない時期は必ずある。まして流通量が2%に満たない国内生産品の少ない椅子をかけた熾烈なレースは、お客様の「別にクオリティが一緒なら産地は問わない」ムードが強い中で相当厳しいものになっている。
工場というのはカテゴリー特化しているところが多いので、案件はたくさんあっても対応できない場合がかなりある。染め屋さんに生機編んでと依頼しても、俄かに対応できないのが普通である。
それでも稀有な人はいるもので、生機背景をしっかり持って自社染色工場で加工した生地品番を携え提案にまわっている人もいる。生地は化粧で大きく変わるから、同生機品番の他社加工品を並べて全く別物になっている物もある。この動きをすることで一染色工場から生地メーカーというイメージまで持っていくことで、椅子の数を意図的に増やすということに成功している人たちもいる。
椅子がなければ増やせばいいという考え方、素敵やん。
ただ、服にするという過程において、僕らOEM的な動きを言い方変えてサービス展開している人たちもいるが、ま、やってることは同じなので、あとはお客様が決めること。言い方を変えるのは視点をずらして椅子を増やしているようで、実は何もしていない。市場が変わればワンチャンあるかもくらいか。
せめて延長線上で深みのある展開が欲しいところ。それで高くて納期も遅けりゃ同業の椅子を取ることはできない。先にも書いた通り熾烈なレースだ。値段と納期で無理に肩肘張っても勝てるわけない。僕らだって日々他社様からの煽りがある。だからタネを撒くのだ。新しい椅子のために。もちろん現状のお客様を蔑ろにするのはもってのほか。日々より良く依頼していただきやすい環境を作るための努力も怠ってはならない。それができなければ新しいタネに芽が出たところで大輪を咲かすことはない。
何にせよ、一両日中に成果の出る魔法はないので、日々の業務プラスアルファを片手間ではなく本気でやっていかないと、新しい椅子は増やせないのではないかと思う。
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