物性。

歴戦の繊維戦士であれば、もはや物性とはなんぞの説明も不要かと思う。


物性とは読んで字のごとく、物の性質のことで、生地検査などで評価される生地の強さなどのこと。最近は問屋さんリスク生地のほとんどが全ての品番で生地検査である程度物性評価を取得しているケースが多い。昔は生地検査で物性試験なんて使用するアパレルメーカー(または取りまとめるOEM繊維商社)側の領域だったからそんなものを生地屋が用意する風習自体あまりなかった。

別注オンリーだった僕は「生地試験結果ください」なんて言われた日には「試験代もらえるんですか?」なんて言っていた。あの頃はそういう時代だった。だって生地売りのマージンに生地試験代なんて見積もりの段階で入れてないから。


生地試験の評価内容やそれらの意味などは僕が語るよりTwitterにいらっしゃるUSさんに聞いたほうが色々とお詳しいと思うのでこちらのアカウント@SCYE333様をご参照いただきつつ。


20年くらい前は、生地屋にとって、生地は商品そのものなので、その先で服になる過程において誰がどんな苦労をしようと、生地売りが完了したらそれで商売はクローズしたも同然な体質だったような気配があった。どれくらいかっていうと、荷物を出荷したら終わりくらいアレだった。荷物が着こうが着くまいが、出荷したら終わり的な空気だった。

未だに、裁断後のクレームはおいかねるって一文が入ったラベルを貼ってるところあるけど、それこそハサミ入れたら責任の所在は完全に相手に移るものだった。そういう時代だった。


なぜならユーザー側が生地の知識を持っていて、『わかって』その生地を選んだのだから、その先に起こりうる全ての厄介ごとは、当然承知の上で採用しているという前提があったから。今はなんかあれば生地屋が悪いってなりやすい。その辺の壁はもうずっと埋まってない感覚だけど。


その昔、駆け出しの僕は物性なんて意味を深く知らない頃に、物性で相当悩まされる案件に出くわした。

レーヨンのフライスに全面箔プリントを施した生地が某セレクトショップのPBで採用され生産を担当する繊維商社の方から発注が入った。

生地の字面見ただけで、今なら拒絶反応が出るくらい扱いの難しそうな生地である。でも当時は無知だったので、喜んで発注を受け、取扱リスクの説明もせず(というか知らないのでできず)に、普通にお買い上げいただいた。


納品が済んで数週間後、繊維商社の担当から入電し、新しい発注の話かと思って意気揚々と電話に出たところ相手の様子がおかしい。様子がおかしいというか、ものすごい剣幕でお怒りであった。

「おい山本、お前なんちゅう生地売りつけてくてんねん!!!今からそっちいくからなお前、覚悟しとけよ!!!」マイルドに表現してこれくらい怒ってた。



何が起こったか。



鼻息荒く乗り込んでこられた商社のご担当者様、到着早々商談テーブルに歪な形をした何かを叩きつけた。


よく見るとそれは、服だ。


いやいやそんな服ある?ってくらい縦横のバランスがおかしい服だった。よっぽど先鋭的なデザインなのかと思ったけどうそうじゃない。その生地が自分が作った生地そのものだなんて信じられないくらい、原形をとどめていないソレは、でも紛れもなく、僕が作って納めた生地だった。


「洗ったら着丈が30cmも縮んで身幅が20cmも伸びてんぞ!!!」


御聡明な繊維戦士諸兄であれば、そもそもスパンレーヨン100%のフライスを水につけてはいけないことはご存知かと思われるが、当時はまだ、それほどカットソー生地でレーヨン自体の取扱いにみんなが慣れていない頃だ。故オーミケンシ繊維事業でジェットホープというリングスパンレーヨンが丸編みで使用され出してまだ数年の頃の話。今では信じられないだろうが、そういう時代もあった。


まぁとにかく、丸編み生地企画の上でも、そもそもそういうちょっとヤバい生地がまだそんなになかった時代、誰もその生地を洗ったらそんな変形するなんて想像できていなかった。


いや少し乱暴か、一応当時の会社ではサンプル生地が上がれば30cm四方で線をかき、水道でじゃぶじゃぶ洗ってハンガーラックにかけ、一応の縮率くらいは見ていた。その時点で「縮率あんま良くないね」ってくらいは認識していたかもしれない。

ところが先述の通り、詳細な物性試験を自社で取得しているわけでもないので『この生地を使うと決めたのは先方』という人のせいにするのが普通の空気感だった。だからなんつーか、目の前に叩きつけられた服はひどいけど、そんなに罪悪感ってなかったのが正直なところ。

ただただ、怒ってはるわという感じ。その怒ってるのが嫌だったから、申し訳なさそうな、いやかわいそうだなって空気を出しつつ、でもクレームを受けるのは違うって感じで押し返してた。


結果的にはなんとか事なきを得たのだが、事として起こったのは事実なので、性格上気持ち悪かったのもあり、その生地がなぜそんなことになったのかを検証することにした。


まず、全面箔プリント。

当時依頼していた(今はなき)工場ではロータリースクリーンと言って円筒状の版を使い糊付けをし、その上に箔フィルムを圧着してフィルムを剥離するという工法をとっていた。その時、下地が動かないように、土台の方にも張り付いておくように糊付けをしていたらしい。で、はがしながら巻き取っていくので生地がめっちゃ引っ張られて縦に伸び、生地幅はP下で165cmもあったものが、プリントが終わる頃には120cmにまで縮んでいた。

糊である程度固着された生地はその幅のまま、濡らさなければ縦に縮むことも横に伸びることもなかったのだが、濡れることによりバインダー(糊)が溶け、さらにレーヨンは熱セット性がないので、元あった状態(120cm幅→165cm幅)に戻り、さらにフライス(ゴム編み)だったので全面にのっていた箔もバインダー溶け出しと共に生地を抑えることができなくなり、目割れを起こして箔自体もかなり剥離して外観もひどく損なわれた。


縦に引っ張って横幅が狭くなるということは、当然、縦も縮む。面積は同じでも縦横の対比が逆転するほどに、その生地の収縮率はひどかった。


この事例で学んだことは、レーヨンの熱セット性の悪さに加え、それを横方向に伸びやすいフライス編んで、しかも全面箔プリントまでするというのは、ヤバいということ。そのまんま(´・_・`)


この辺り(割と業界入隊序盤)から繊維ポリスとして学びを進めることになるのだが、そのストーリーはまた別の機会に。


なぜ今回これを書こうかと思ったかというと、実は今預かっている案件でお客様から生地指定で縫製を受けている継続品番があって、パターンもお客様手配で、弊社は問屋様から指定生地を買い、そして縫製と製品洗い加工でお手伝いさせてもらっている商品がある。

こいつが厄介で、お客様は話せばわかってくれるお相手なので問題になっているわけではないが、コントロールしようにも毎回狂ってしまう歯車が、繊維ポリス的にもうドツボにハマってしまっている感覚。↓

これ、問屋様のハウスデータ(生地検査試験結果)を元にお客様サイドで収縮率を参考にされてパターン反映させているので『理屈の上ではいつも同じになるはず』というなんとも『今っぽい解釈』から起こっている事態だ。お客様が悪いわけじゃないし、生地問屋様が悪いわけでもない。ただそういうデータがあって、それを元に数字上の辻褄を合わせて進めている、至って普通に見えることを行なっている結果なだけである。繊維製造解釈的データドリブンとでも言おうか。もう死語か。

生地問屋様のハウスデータは、常時加工ロットごとに更新されるものでもないし、あくまで心得くらいのノリで見るのが良いし、実際に企画される服と生地試験の時の試験辺の縦横比率は違うので同条件の収縮が反映されるなんてのはまずありえない。


だから今後戦地に赴く新米繊維戦士諸君は、生地試験データはこうだったという部分を盲信せず、あくまで今起こっていることにしっかりと向き合ってトラブルシュートに励んで欲しい。

学び、活かすことでお客様からの信頼を積み上げていき、立派な繊維戦士に育ってくれることを切に願っている。(誰や


物にはそれぞれにそれぞれの特性がある。まず繊維原料そのもの、そして紡績方法、そこから撚糸加工、ついで編みや織り組織、そして染色加工、プリントやボンディングなどの二次加工に加え、その生地を服として組み立てていく数多の工程。これら複数にも渡る掛け算の上に立つ特性が、時にどういう危険をはらむのか、今後もこのブログやnoteを通して、僕の経験事例を元に紹介していけたらと思う。


こういう複数要素の組み合わせからイレギュラーが起こった時に原因を洗い出せるチカラというのは、あるとものすごく安定感出てくるよ。

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