2026。
このブログで年末発信をすることなく年を越してしまって、気がつけばもう1月も中旬。
改めまして新年よろしくお願いいたします。本年も時間の許す限り更新をしてまいりますので駄文にお付き合いいただければ幸いです。
さて2025年はみなさんいかがだったでしょうか。
画像の通り、僕はわりかしダンマリ決め込んだ一年でありました。理由はいろいろあるけど、超雑にまとめると本厄だったから。
口は災いの元という言い伝えがあるくらいなので、余計なことは言わないを通した一年であったと我ながらに思う。今ブログを書いているのも、ありがたいことに各方面から更新が止まっていることを心配してくれてお声がけいただいているからで、相変わらずアクロバティックな生産をしているので新幹線移動と船移動が重なるこのタイミングこそ、書ける時に書こうといった具合である。
まじいろいろあった。年の瀬までぎゅっと。まいったな2025(´・_・`)って感じ。
とはいえ時間は止まらないので、今年もいつも通り、いやいつもに増して運動量は多めに繊維やっていこうぜという気持ちが強い。というより、ならざるを得ない。こうなれるのは本当にありがたい。
製造各方面の発信は相変わらずチェックさせてもらってるんだけど、少し気になるのは定期的に現れるポエマーたち。
なんかね、悪いことしてるわけじゃないし、とても頑張っているのだろうから心から応援してる。嘘じゃないよ。でもね、そのポエってる内容がどうも雛形臭があって、だから引っかかるんだけど、どうしても悲劇の中心で愛を叫んでる感じが否めない。
いや叫んでもいいんだぜ?いいんだけど、型押しの愛は本当に勝てるのか。
かつて「必ず最後に愛は勝つ」と歌った人がいた。彼の言う「勝つ」とは何だったのか。
いったい彼らは何と戦っているのか。
雛形臭のなんとも言えない受け入れ難さはなんなのか。その答えを自問自答してこの三連休を過ごした。そしたらなんとなく(あぁそうか、自分しか見てないからなんだ)って気づいたの。
外圧で希少になった具体的数字(1.4%)と、それを情緒的に煽る構文。でさ、それで困ってるのって自分たちの産業の中の話なんだよね。もちろんそれは僕らにも影響があることで、実際に困っている現実はある。
問題は、これらを解決する方法が悲観的な発信ではないのではないかという昔からの持論。
気持ちはとてもよくわかる。きっと僕の発信を遡っても同じような時期はあった。だからこそ思う、それじゃ何も変わらなかったなって。
最近は輪をかけて依頼者の製造側に諸々依存する傾向が高まっている。それはもう、白紙に四角だけ書いて「Tシャツ」っていうレベルを超えてきた。
製造現場は細かい要件定義があればこそ忠実に動ける。だからブランクだらけの仕様書を元に服一枚ビルドアップするのは至難の技だ。そうなんだけど、そこで文句垂れ蔵に成り下がらないで、じゃあできるようにしていこうかなっていう気概があれば、それこそチャンスなんじゃないかなって思う。僕はね。
運動量は増える。楽じゃない。でも数量期待で待ちの姿勢で現場に仕事が落ちる時代は20年前に終わった。だから運動量でカバーしていかないと。
嘆くより
動いてみたら
いいじゃない
最後にポエ散らかして新年のご挨拶とさせていただきます。
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