事実と付加価値。
昔、とある有名アパレルメーカーの仕事でオーガニックコットンを使用した生地を納めたことがあった。しかしそのオーガニックコットンは協会認定を受けていなかった為、認証機関の証明書が添付できなかった。とはいえ事前にそういった認証がない原料であることは伝えていたし、実際にオーガニック栽培された事実証明は第三者機関から認められている商品だった。
ところが、「協会認証機関の証明書がないならば¥500/m安くしなさい」という、『圧縮』が入った。こちらもそういう可能性を考えきれなかった甘さがあったので、折衷案で和解して納品に至ったが、これはクセの悪いアパレルがいるとかそういう意味ではなく、そもそも『オーガニックコットン』を付加価値として売り物にする際、結局は『ブランドの冠』が無ければ意味がないということの裏返しだということを思い知った一幕だった。
では、認証機関の証明書という『ブランドの冠』があったらオーガニックコットンは価値として認められたのか?少なくとも、アパレルメーカーの彼らにはそうだった。しかし、実際のお店ではどうなのだろうか?その認証機関そのものが一般市場で『ブランドの冠』たるものなのか?
そもそも、オーガニックコットンを使用する意味とは?
企業コンプライアンス<市場付加価値 となっていないか?
これはどうなんだ、衣料品を消費と考えている人にとって倫理的に正しい選択をしてもらい持続可能な社会活動云々の話ではなかったのか?
こういうのは、工業の中にもある。
吊編機で編まれた裏毛は、確かにもっちりしてる。僕レベルの丸編みバカなら、アレの風合い表現を「ずっと噛んでられる」とかいうキチガイ発言をしてしまうレベルで、もっちりしてる。
似たような風合いはシンカーでも作れる。普通の人なら、それで十分である。しかし生産性の問題から、工賃は天と地ほど開きがある。それでも一定数のファンが存在し、その価値を認めていて、実需で求められているからこそ、その工賃の正当性が認められている。僕も、買うならシンカーより吊がいい。吊もできれば〇〇より〇〇〇〇が編んだ生地の方がいい。
これは認められた市場があるから請求できる価値であり、生産量に対して需要が上回っている事実がある価値である。そして吊編みはある程度知名度を得て、『ブランドの冠』を手に入れたと言ってもいいだろう。そこへ旧式であること、一度は衰退の路を辿ったことがストーリーを美化し、さらに付加価値を世間が勝手に付与してくれている側面もある。これは非常に良い循環だ。
ちなみに余談だけど吊編機は動力一個で20台くらいを同時に回転させることができる上に糸ロスもシンカーのそれに比べたら非常に少ないクリーンな生産でもある。ある意味エコ。サスティナブル、そしてエシカル。
しかし一度は絶滅危惧種だった編機である。時代の移ろいと共にそれが改めて価値として認められるように生き残らせてくれた会社が数軒あったからこそ、ようやく日の目を浴びる時が来たという感じだ。
そこへ瞬間的に乗っかろうとしてくる某アパレルメーカーが、あんな現代においてはスローライフの権現みたいな編機で作られた生地を求めて、市場価格を下げて一気にシェアを奪おうと、物量でコストを圧迫してきたことがあったが、そもそもみんな列をなして待っているのに、いきなりドカンとサクッとやろうとする連中の相手などするはずもない。
時間をかけて紡ぎあげるしかなかった物を横取りするがごとくファッションとして消費するためにその『ブランドの価値』を利用しようとしてくる腹黒さに、ビジネスとしては必要なことかもしれないが、冒頭のオーガニック然り、モヤモヤして仕方ないのである。
逆に、編機が少ないという理由だけで付加価値をうたう工業もいる。リンクス(両頭)なんかは、そもそも丸編みでは少ないが、横編でいくらでも表現出来る。そして吊編みに近い生産性しかないので、工賃も高い。だから、生地として積み上げ算で売価設定しても、服になる頃にはニットでやった方が安いという『事故』はよくある。
一般消費者にとって、ニットかカットソーかの差なんて関係ないだろうが、商品としてほとんど同じ面で作れるのに、カットソーの方が高くなるのは、アパレルメーカーにとって1ミリも得なことはない。ジャンル:カットソー=安い ニット>カットソーだから。
だから、リンクスが高くなる原理はわかってるんだけど、市場価値としてはニットの方が高価と認められやすいことから、リンクス案件はだいたい「ニットでやった方が良いですよ」と言う。リンクス編機を保有しているニッターさんからしたら迷惑な話だろうが、事実だから仕方がない。
それでもリンクスでやりたいと言う方には、もちろんリンクスで生地を作る。それはお客さんが決めることなので。でも大体はニットでやる。そのほうが彼らも売りやすいから。カットソーだから安く出来ると思って問い合わせてきてるから。
これが事実で、要求してくる工賃と市場価値は一致していない。
悩ましいもんだ。モヤモヤする。モヤモヤしてるからまとまりがない。
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